天外天味噌・醤油ストーリー

 木曽路物産の社長である鹿野が内モンゴル自治区ウランホトを、初めて訪れたのは、1988年(昭和63年)のこと。
 当時の木曽路物産は郷土料理の物産展を日本全国の百貨店で企画・開催し、アメリカに直営店を出すなど大きく成長しており、良質な米の安定供給のための現地視察でした。

内モンゴル 中国 モンゴル 地図

「私は山形県出身ですが、戦時中、山形からも満蒙開拓団に大勢行きましてね。伯父もその一人でした。幼い頃から大人たちに『内モンゴルには草原がある。大きなダムがあり、潅漑設備も整い、満蒙開拓団の人たちが米や麦、大豆を作っていた』と聞かされていました。大人になったら必ず行ってみたいと思っていたのです」

 冬になるとマイナス10〜30℃になる厳寒のウランホトでは、ほとんどの害虫が越冬できないため、農薬を使う必要がありません。鹿野の目の前に広がっていたのは、農薬に汚染されていない手つかずの広大な農地だったのです。

万佳食品有限公司 農場

 「ここでなら無農薬有機の米が栽培できる!」 
 そう考えた鹿野は、すぐに地元の農家と契約して日本米の試験栽培を始めました。

企業団を作って内モンゴルに進出!

 ウランホトでコメづくりを始めた当初の目的は米の安定供給でしたが、現地で栽培されていた大豆や麦を見て、この地で味噌や醤油づくりも可能ではないかと考えました。

 日本国内で無農薬・有機の農業を実現するには多額のコストや様々な問題をクリアしなければなりませんが、内モンゴルでは低コストで実現可能なことがわかっていました。

万佳食品有限公司 農場

万佳食品有限公司 農場

 農業だけではない。品質の良い原材料が供給できる内モンゴルであれば、無農薬・有機の味噌・醤油が製造もできるのではないか。いい味噌をつくるために大豆や米の他に水と塩が必要です。内モンゴルには「いい水」もある。岩塩も豊富だ(いい塩探しは「天外天塩ストーリー」にリンク)
 木曽路物産一社の資金や開発力・ノウハウでは不可能でも、すでにノウハウを持っているいくつもの企業が集まって資金を集めて企業団を結成すれば理想は実現できる…と。

 百貨店の物産展やアメリカへの拡大路線に行き詰まりを感じ始めていた鹿野はそれぞれの事業から撤退を決意し、内モンゴルビジネスに木曽路物産のすべてを集中することにしたのです。

 物産展で培った人脈をもとに様々な企業に声をかけて現地視察を実施しました。延べ人数100人を超える人々を案内し、内モンゴルでの味噌・醤油ビジネスをアピールし続けました。

 その結果13社が賛同してくれて参加に合意。1993年、1社500万円の資金(合計6500万円)で食品製造輸入販売の会社『(株)天外天』を設立
 翌1994年、その天外天を親会社として中国側からも資金を借り入れ、『内蒙古万佳(ワンジャ)食品有限公司』(を設立しました。自社農場や工場を獲得し、内モンゴルでの味噌づくりビジネスが始まったのです。

 内モンゴルで「味噌プロジェクト」スタート!

万佳食品 本社

 まずマルコ醸造株式会社や有限会社糀屋柴田春次商店など株主の指導により、現地の工場工員に「あいさつ」「衛生」が徹底される中で、日本式の味噌の製造が開始されました。

 当初は100%日本側の株主が買い取るという契約で、半製品の状態で日本へ輸出、日本の味噌蔵で2年寝かせてから製品として売り出すという方式でした。日本では地域によって様々な種類の味噌があり、それぞれに原材料・製法・ノウハウが違います。自分たちの地域に合う味噌を作り上げるために各地の技術者が何度も工場に通って指導し、合計12種類の味噌の半製品をつくるための生産システムができ上がりました。
 
 1996年からは日本全国のスーパーへの販売チャンネルを持つ信州味噌の老舗マルマン(株)が企業団に参入(企業団は14社となる)。
 マルマンの大規模工場の生産・技術指導のもと品質管理が徹底され、万佳食品有限公司は手作り工場から近代的な大工場へと成長しました。

万佳食品有限公司

 1997年に半製品ではなく完成品をつくる、本格的な味噌製造がスタート。製品第一号の出来はすばらしく、「マルマンの国内工場でつくった信州味噌と遜色ない。ほとんど同等の味でした」とマルマンの社長は語っています。

 目指した味噌の味が完成されたことで、醤油の製造が開始されました。醤油は片山次郎東京農大講師の技術指導をうけて品質をあげていきました。

 

日本の味噌・醤油を内モンゴルに広める!

 日本への輸出100%で始まった万佳食品でしたが、完成品が供給できる状態になったことで、ウランホトの人々にも販売しようということになりました。

 内モンゴルにはもともと日本の醤油に似た調味料もあり、うまみが深く味に幅のある日本式の醤油や味噌は必ず受け入れられると考えたのです。朝市ではみそ汁を作って振る舞い、色々な料理を実演して見せ、醤油を使ったレシピを配りながらの販売です。朝市だけでなく工場のまわりを工員がリアカーを引いて販売したこともありました。

 予想通り日本式の味噌や醤油はウランホトで評判になり、すぐに販売する人手が足らなくなりました。自分たちも量り売りをしたいという現地の人々からの申し出をどんどん受けているうちに万佳食品独自の販売網ができていったのです。

 万佳食品の味噌醤油はウランホト市のシェアの80%を占めるまでに成長しました。
(醤油については100%現地で消費されています)

 

万佳食品、日本・世界での有機食品認定取得!

 万佳食品有限公司はウランホト郊外に自社農園を970ヘクタール所有しており、その生産物(大豆・米・小麦・菜種・蕎麦など)は5カ国から有機認定を受けています。
 2000年には日本の農水省の有機食品JAS認定取得日本JONA年度審査を通過しました。
 さらに世界で最も厳しいといわれるユダヤの有機認証アメリカNOP有機食品認証ECのECOCERTを取得。5カ国の有機認定を受けた「有機味噌」は現在、世界28カ国に輸出されています。

 現在、同社は内モンゴル有数の企業グループ内蒙古万佳集団有限公司へと発展。味噌・醤油をはじめとする食品会社を中心に8社で形成され、従業員数600人、総資産4億人民元にのぼっています。

万佳食品有限公司 認定書

万佳食品 研究室

万佳食品 味噌工場

 

天外天塩味噌・醤油ブランド確立

 内モンゴルで完全無農薬で栽培された大豆とお米。悠久の時を経て精製された岩塩。
 これらの最上品質な原料を使用して、日本から持ち込んだこうじ菌を加え、内モンゴルで仕込みが行われます。

 大豆が味噌に変わる初期の段階が終わると、商品になる直前の味噌が日本に送られ、弊社の契約した味噌蔵で2年「ねかせ」という熟成をさせてこの地の人が好むまろやかで深みのある味に仕上げたものが、木曽路物産独自の天外天味噌です。

 天外天醤油は、ウランホトで選別された大豆やジランタイの良質な塩など内モンゴルの原材料を輸入し、日本の醤油蔵で仕込みの段階から作られています。

 

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モンゴルの豊かな自然の中で日本の味噌職人が素材と製法にこだわって仕上げた味噌。農業の理想郷にて、無農薬で育てた大豆と米、蒙古の岩塩を使用。頑固な職人が造りたくて造れなかった風味を空気の澄み渡った木曽谷にて2年寝かせて完熟させました。自然の恵みの豊かな「いのち」の味です。